6年総合「大井小の歴史を学ぼう」~卒業生のお話を聞く会③~

令和3年7月9日(金)5時間目  6年生 教室

 6年生は,総合的な学習の時間に「大井小学校の歴史」について学習しています。7月9日(金)の5時間目に現在も大井にお住まいの元大井漁協組合長の石黒友之さんを講師にお招きし,「卒業生のお話を聞く会③」を実施しました。石黒さんは昭和9年生まれの86歳、大井小学校の大先輩です。

 昭和16年4月、石黒さんは師崎第一尋常小学校から師崎町立大井国民学校に学校の名前が変わった年に入学しました。その時の1年生は78名、全校児童は578名だったそうで、現在の全校児童66名の9倍あまりもいたことを聞き、子どもたちはとても驚いていました。学校の裏山で撮影した1年生78名の写った学級写真を見せていただき、当時は男児は丸刈り頭で折り襟の制服、女児はおかっぱ頭で洋服を着ていたということが分かりました。太平洋戦争さなかで、戦況が悪化し、食糧難で学校の運動場を畑にして「いも」を育てていたそうです。当時は生きていくことで精一杯で、勉強をしたくてもあまりできなかったそうです。

 昭和19年12月7日13時30分頃、石黒さんが4年生の時、震度8.0の東南海地震が発生しました。昼休み後の授業中に教室で被災されたそうで、窓ガラスがガタガタ言って割れる音、天井が崩れてきてあわてて運動場に逃げ、身を寄せ合って揺れが治まるのを待っていたこと、運動場に波を打つように地割れができていたことなど、77年前の出来事を鮮明に憶えておられて、子どもたちに語ってくださいました。津波の被害こそありませんでしたが、大井小学校の前を流れる大井川に海の水がすごい勢いで昇っていき、しばらくすると逆方向の海の方に水が引いていく様子を目の当たりにしたそうです。

 昭和22年3月大井国民学校を卒業され、4月に新しくできた師崎町立師崎中学校に入学しましたが、新校舎が完成するまでの1年半は、小学校の教室を借りて勉強したそうです。お話の最後に石黒さんが子どもたちにクイズを出してくださいました。「石黒さんが小学生だった今から80年前に小学校にあったもので、現在の大井小学校に今でも残っているものが、3つあります。それは何でしょう?」・・・・・・・   

 答えは、①大井小のシンボル「くすのき」、②くすのきの近くにある「二宮金次郎像」、③視遠橋前の正門の石で作られた「門柱」です。6年生の子どもたちは見事、全問正解でした。あっという間の45分間。途中、雷が鳴り、嵐のような天候に見舞われましたが、子どもたちは、集中力を切らすことなく、興味をもって、最後までお話に聞き入っていました。

 大井小学校が149年の歴史に幕を閉じる最後の年に、大井小学校の大先輩である石黒さんに、戦中の貧しかった頃の小学校での生活の様子、東南海地震での被災体験などを子どもたちに直接語っていただいたことは、大変意義深く、子どもたちにとって忘れることのない貴重な経験となりました。石黒さん、ありがとうございました。